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| 白いカーネーション |
私の実母は27才で亡くなった。残された私たちは、継母の愛情に包まれ大事に育てられた。 62才になった私は、この頃よく実母のことを考える。 敗戦の中国から幼子3人を抱え引き揚げてきた母は、間もなく肺結核で亡くなったのだ。もし母が大陸で倒れていたら、私たちは残留孤児になっていただろう。あるいはあの動乱の中で幼い命の保証はなかっただろう。母は自らの命と引き換えに、私たち3人を守ってくれたのだ。 実母が亡くなった頃は、戦後の混乱で、母の日の制度なんか知らなかった。そして、世の中が落着いて、物心ついた時は、私には養母がいたから、白いカーネーションを飾ったことがない。 養母も先年亡くなった。 私は白いカーネーションを二輪飾ろう。
一平 さん